
ブラジルの偉大な作曲家エイトル・ヴィラ=ロボス(1887年3月5日ー1959年11月17日)のギター曲の中でも特に有名な「ショーロス第1番」は1920年にリオ・デ・ジャネイロにて作曲されました。元々は「典型的なショーロ(Chôro típico)」として、その後「ブラジルの典型的なショーロ(Chôro típico brasileiro)」という題名に変えられて出版され、最終的には全14曲からなる曲集「ショーロス(ショーロ集)」の第1曲目として取り込まれ、「ショーロス第1番」となりました。
この曲集の中ではこの「第1番」が唯一ギター独奏の為に作曲されたもので、最もシンプルで典型的なブラジルの都会派ショーロの雰囲気を醸し出しています。
Choro(ショーロ/ショール)
当時のブラジルではヨーロッパから持ち込まれた音楽様式(ワルツ、マズルカ、ポルカ、ショーティッシュ、タンゴ、ファド)に、北米から持ち込まれたラグタイム、そして現地ブラジルのサンバ(samba)やマシシ(maxixe)等の様々な舞曲、更にアフリカのリズムを融合させた新しい様式のポピュラー音楽が流行していました。これが「ショーロ」と呼ばれる音楽ジャンルです。ヴィラ=ロボスはこの流れを汲み、自らが幼少より聴き親しんで来たクラシック音楽にこの様々な音楽様式の融合の流れを取り込み、世界に誇る「ブラジル流のクラシック音楽」、そしてその作曲家としてのアイデンティティーを開拓・確立する事に成功した言えます。
Choro(ショーロ)と言うジャンルはとても幅が広く、実態の掴み辛い音楽スタイルです。Choro(ショーロ)はポルトガル語の「chorar(泣く)」という動詞から派生した単語で、元々労働者たちが寄り添って演奏した音楽が原点である事から、しばしばポルトガルの「ファド」、スペインの「フラメンコ」、北米の「ブルース」などの哀愁を帯びた音楽のブラジル版と見なされています。ところが予想に反してこのヴィラ=ロボスの「第1番」を含め。多くの近代的なショーロの音楽的特徴は、2拍子のとても軽快で歯切れの良い伴奏の上に、シンコペーションを基本とした、しばしば聞き手を惑わすような複雑なリズムを伴う明るい旋律が奏されるというもので、「悲しみ」とは正反対の曲想を持っていることに驚かされます。
近代的なショーロは都会の酒場や社交場に腕利きミュージシャン達が寄り集まり「バンド」や「オーケストラ」という形で、リズムや技巧に重点を当てた集団即興演奏によって発展しました。その結果、本来ショーロが秘めていた悲しみの感情は色鮮やかで温暖なブラジルの風土を反映した軽快で明るい器楽的な音楽様式に少しずつ置き換えられてきたのかも知れません。
余談ですが、「ショーロス(chôros)」はショーロ(chôro)の複数形なので、「ショーロス第1番」というのは文法的に間違いで、本来ならば「ショーロ第1番」と呼ばれるべきですが、「ショーロス第1番」として定着してしまったようです。 最も普及している出版譜はフランスの有名な出版社マックス・エシグ(Max Eschig)によるものだと思われますが、その楽譜での「CHÔROS (Nº.1)」や「Chôros—No. 1」というやや曖昧な曲名表記が「ショーロ集の第1番」と解釈される代わりに「ショーロス第1番」として定着してしまったように思われます。