フェデリコ・モンポウ : 原点回帰・プリミティズム・鐘の音他

Frederic (Federico) Mompou at the piano Chassaigne Colita in 1978, editing the sheet music of Musica Callada

フラダリーク(フェデリコ)・モンポウ・イ・ダンコス:

私の人生の全てのドラマが私の心の最も奥深くで発展し、そこに創造される。

フラダリーク・モンポウ・イ・ダンコス/Frederic Mompou i Dencausse (バルセローナ, 1893年4月16日—1987年6月30日)、通称フェデリコ・モンポウはスペイン、カタルーニャの作曲家兼ピアニストです。モンポウと聞くと恐らく彼のピアノ作品がまず最初に頭に浮かぶかも知れませんが、他にも歌とピアノ、バレー、合唱とオーケストラ、そしてギターの為にも作品を残しています。

モンポウの音楽は率直で直感的、そして奥深く、単純かつ複雑、ミニマリズム的でロマン派的、経験的で知的、アルカイックで近代的、伝統的かつユニバーサル、というように数々の矛盾する要素が彼の実存的な孤独の中で消化され、音楽という新たな形に昇華された結果、真正で魅惑的、時代を超越した作品となったのではないかと思います。

 

原点回帰(レコメンサメント/Recomençament)とプリミティズム(原始的芸術):

私がこのような音楽を作るのは芸術が限界まで到達してしまったからです... 芸術は原始的な原点に回帰するのです。

青年フェデリコモンポウとピアノ、1920年頃

モンポウはエリック・サティー、クロード・ドビュッシーやガブリエル・フォーレなどフランスの作曲家達に強い影響を受けましたが、単に印象派の伝統を引き継いだり、その当時の潮流であったストラヴィンスキーやシェーンベルクなどの新しい傾向に加わる代わりに音楽史の最も原点に回帰する事を選択しました。

モンポウはこれを「原始主義」と呼び、グレゴリア聖歌やカタルーニャ民謡等過去にインスピレーションを求めました。モンポウは簡素化を押し進める為しばしば音楽的発展(楽章等)、拍子記号、調号、小節線などを楽譜から排除しました(これはエリック・サティーの様式を継承したといえます)。

この表現力や感情、音そのものに於ける純粋性の追求は、モンポウ自らの心の奥底に宿る感情を最大限誠実に表現する為に必須であったのです。彼の音楽は彼の人生経験そのものであり、彼はそれを最大限真正に表現する事を追求したのです。

最良の言葉とは発せられない言葉である。 ご存知のように私は無口な男で、音数少ない作曲家である。

音楽は表現不可能なものの為に作られる。音楽が自らの影から顔を出し再びその中に戻るようであって欲しい。私は(それを表現する為に)新たな方法を見つけなければならないと思う。このような正式すぎる世界において私の音楽を封じ込める事は出来ないと思う。

 

鐘の音:

フェデリコ・モンポウ、バルセロナの鐘工場にて、1915年頃鐘の音のような響きはモンポウの音楽の特筆すべき特徴の一つです。 モンポウの母方の家系「ダンコス」はフランス系で何世代にも渡る有名な鐘の製造工場を営んでいました。幼少時代に聞いたり熱心に観察した鐘の音はモンポウの音楽に多大な影響を与えました。モンポウの一音毎の音質に対する並外れた感受性と関心は形式・構造に基づく作曲法(単音ではなく多くの音/マスに関心をおく)と比較して特筆すべき特徴だと思います。あたかも鐘を一つずつ注意深く調整するかの様に、本当に上質な音のみ選択されて五線譜上に配置されていった様な感じがします。

視聴:

フェデリコ・モンポウ:Música Callada(沈黙の音楽)より Angelico アンジェリコ(諏訪和慶編)
 

この音楽には空気も光もない。 それは弱い心臓の鼓動である。空間において数ミリメーターも届く事が期待されないが、その任務は私達の心の最深部と精神の最も秘密の領域に到達することである。この音楽は沈黙している。なぜならその聴覚は内面にあるからである。抑制と思慮。その感情は秘密で、我々の孤独の冷たく大きな穹窿(きゅうりゅう)の下にのみ響きとして形成される。私の沈黙の音楽、この生まれたばかりの子が、人生の新しい暖かさと人間の心の表現を我々にもたらしてくれる事を望む。常に同一で、常に新しい形で。

 

モンポウと「時代精神」:

確かに私が大学に入学した時 —正確にはアルベール・カミュがノーベル賞を受賞したとき—実存主義が文学の中だけでなくその当時の空気の中に漂っていた。私はそれらの概念が芽を出すための土壌だった(...)

クララ・ハネス、 私的詩集 (1959ー1979)

クララ・ハネス/Clara Janés (バルセローナ, 1940年11月6日—) はスペイン、カタルーニャの詩人・翻訳家で、いくつかあるモンポウの伝記の中でも最も完成度の高い「モンポウの沈黙の人生/ La vida callada de Federico Mompou'」の著者でもあります。クララの父親、ジョセップ・ハネス・イ・オリベカタルーニャの詩人で20世紀スペインの最も有名な出版社の創始者の一人です。ハネス家 (ジョセップと彼の妻エステル・ナダル・サウケット)とフレデリック・モンポウと彼の妻カルメ・ブラボー(ピアニストでもあった)は親友でハネス家で頻繁に催されていた夜会で音楽から文学・芸術一般と幅広い範囲で文化的な意見交換をしました。

ドイツの哲学にザイガイスト(Zeitgeist)という概念があります。ちょうど「時代精神」と訳され、ある時代を形成するうえで、目に見えない何か、または空気中に漂う特徴的な支配力の様なものを指します。

 

内的孤独:

モンポウの作品や彼独自の言動からも明白な様に、彼の「内的孤独」に対する関心は明白です。この内的孤独とは決して独りぼっちの寂しさを意味している訳ではありません。彼が同意できない外世界、状況からかれの創造性や理想を守るための精神的かつ芸術的プロテクションなのです。当時のヨーロッパやスペインの状況(衝突、戦争、暴力)は哲学や芸術にも大きな影響を与えたのです。

旧オーストリア=ハンガリー帝国の詩人、ライナー・マリア・リルケ(1875年12月4日 - 1926年12月29日)もこの芸術的内的孤独への強い関心で有名です。ザイガイスト(Zeitgeist)の好例に思えますので、彼の手紙の一部を引用します。

あなたの孤独は広がり、そこは人々が行き交う騒音から遠く離れた場所で、あなたの晩年の住処となるでしょう。

ライナー・マリア・リルケ、 若き詩人への手紙

 

このエッセイを終える前に、モンポウの音楽にぴったりなリルケの詩を一つご紹介したいと思います。「音楽に寄す(AN DIE MUSIK)」という作品です。

文学以外の芸術一般にもとても造詣が深く、ロダンやセザンヌについて執筆したリルケですが、リルケと音楽との関係はとても奇妙で、音楽に関しての言及が極端に少ないのです。実は音楽は詩に勝る至高の芸術なのではないかという懸念から音楽に対し脅威を感じていた様です。以下の詩からもその畏敬の念のようなものが感じられますが、最後は音楽の持つ力を受け入れている様に思えます。

 

音楽に寄す (AN DIE MUSIK)

 

音楽よ 彫像の呼吸。おそらく
絵画の沈黙。 お前は言葉、そこでは全ての言葉が
終わる。 お前は時間
死する心の方向へ垂直にそびえ立つ

感情、誰に向けて? おお、お前は私達の感情の

何への生まれ変わりなのか?—: 聴覚的風景。

お前は異人 音楽。お前、心—空間
我々の外側で増大した。我々の中にある最も奥深い空間、
我々を超越し、外へ出ようと強いる、—
神聖なる出発
我々の内部の最も奥深い点が

外部に出るとき、到達可能な最遠の距離の様に、空気の

向こう側の様に

純粋、

無限、

もはや住むことができない

 

写真: モンポウ財団のご厚意に感謝します。