
ロルカは友人でギターリストのサインス・デ・ラ・マーサにギターの6本の弦を暗示させる6つの詩からなる詩集、「6つのカプリース(Seis Caprichos)」を献呈しました。この「6つのカプリース」は詩集「カンテ・ホンドのポエム」の中の小さなサブコレクションで、一つ目の詩である「ギターのなぞなぞ」はロルカがギターを主題として残した3つの詩の一つです(フェデリコ・ガルシーア・ロルカとギター 27年世代 その3参照)。
イギリスの作曲家、レジナルド・スミス・ブリンドルのギター作品「黄金のポリフェーモ (El Polifemo de Oro)」はこの「ギターのなぞなぞ」にインスピレーションを受けて作曲されました。
ギターのなぞなぞ
丸い
交差点にて,
6人の処女達が
踊る。3人は肉で
3人は銀。いにしえの夢が彼女達を探す
しかし彼女達は抱き抱えられている
黄金のポリフェーモにギター!
ロルカは、ギターを示唆するなぞなぞのヒントとして、紀元前43年生まれのオウィディウスからバロック時代の詩人ゴンゴラに至るまで、様々な詩人が好んで用いた一つ目巨人「ポリフェーモ」を題材とするギリシャ神話を選びました。
表面的な単純性とは裏腹に、比喩を駆使し極限的に洗練された言葉遣い、ギターを象徴する、視覚的な比喩に対して、その隠された深い内容、なぞなぞの形をとった無邪気な表面とその内容が残す、緊張感と深い感情的揺さぶり、などここにもロルカの「二面性」を見る事が出来ます。この美学的傾向はカラバッジオに象徴されるバロック時代の「光と陰(そして陰の方が優勢)」の対比を強調する絵画的傾向、「テネブリズム」を思い起こさせます。
題名のとおり、この詩はなぞなぞの様な形態をとっています。矛盾した二つの対を見事に組み合わせた表現、「丸い」と「交差点」がギターの丸いサウンドホールと弦が交差する場所、つまり弦をかき鳴らしたり、爪弾いたりする場所を示しています。振動する弦はあたかも「6人の処女達が踊る」様を彷彿とさせます。「3人は肉」、つまり高音のガット弦、「3人は銀」は金属の巻き弦である低音弦を示します。
ポリフェーモとはギリシャ神話の一つ目の巨人で、ロルカはこの一つ目とギターのサウンドホールを対比させているのです。そして「ポリフェーモが彼女達を抱きかかえている」様はギターが6本の弦を支えている様を表しています。ポリフェーモが金色なのは、ロルカが描くフラメンコ・ギターが黄色っぽいからでしょう。彼の詩の中では、金色は黄色の一種として扱われます。
ロルカがギターをポリフェーモに例えた視覚的な理由は恐らく上記の通りですが、内面的な感情を推し量るには、ゴンゴラによるこの神話に目を通す必要があるかもしれません。下記がその「ポリフェーモとガラテアの物語(Fábula de Polifemo y Galatea)」の登場人物と要約です。
ポリフェーモとガラテアの物語
[登場人物]
- ポリフェーモ: 一つ目の醜い巨人、海の神であるポセイドンの息子で洞窟に住む
- ガラテア :美しい ニュンペー(下級女神)、海の女神ドリスの娘で、シチリア島の山に住む
- アシス: シチリアの若くハンサムな羊飼い
[要約]
一つ目ポリフェーモはガラテアに深く恋をする。あまりの愛情に、自分の本能である人間を食べることすら止めようと努力し、岩の上に登って、おぞましい声で、自らのガラテアに対する深い想いをドラマチックで繊細な歌に託す。働き者で、芸術に造詣があり、繊細である彼の美徳と努力も虚しく、ガラテアは彼の事に全く興味を示さない。理由はただ一つ、彼は不細工だからである。
一方、ガラテアとアシスはお互い一目惚れする。アシスはガラテアの美貌に、ガラテアは, アシスの美貌、そして彼女がかつて受けた事の無い彼の紳士的で優しい側面に惹かれる(ガラテアは島の半分の住人に辱められる事に慣れていた)。
ポリフェーモは偶然ガラテアとアシスが恋人である事を知ってしまう。怒りと嫉妬に駆られ、巨大な岩をアシスの方へ投げる。そしてアシスはその岩の下敷きになって死んでしまう。
ガラテアは泣きながら海の神々に助けを乞う。しかしながら、唯一神々が成し遂げられたのは、アシスの血を川に変化させることであった。こうしてシチリアのアシス川が生まれた。川(アシス)は海に達し、ドリス(海の女神でガラテアの母)は(娘の恋人が死んでしまった現実を否定するかの様に)彼を婿として歓迎し、神に祈る様に号泣した。
ここにはそれぞれの登場人物による様々な感情がひしめき合っています。深い愛、フラストレーション、孤独。
洞窟の中に住み、ガラテアに対するプラトニックな愛と野獣として生まれた自分の本能との葛藤に苦しむポリフェーモの孤独。
海の女神の娘でありながら、辱められながら陸に住み、誰も愛する事が出来ないガラテア。やっと彼女に優しく接してくれる、そして彼女が愛す事が出来る誰かが見つかったと思ったの束の間、それを永遠に失ってしまう、という彼女の孤独。
ポリフェーモは普通、一つ目の野蛮で毛深く、滑稽な巨人として描かれるのですが、バロック時代の詩人ゴンゴラは、当時としては信じられない様なロマン派的なタッチでポリフェーモの擬人化を進め、人間の様な深い感情を持った哀れな生き物として描写しています。
ロルカは、愛、苦悩と孤独、と言う点で、もしかしたらポリフェーモの中に自らの姿を見たのではないかと思えてなりません。
恐らく、ロルカはギターのサウンドホールの中に、つまり、深く暗い洞窟の中に、隠れて住んでいる人間の深い感情を見いだしたのかもしれません。そして、ギターはその隠れた感情を表現し具現化させるのに最も適した楽器なのです。
レジナルド・スミス・ブリンドル作曲:黄金のポリフェーモ
ギターの為の4つの断章(1949)
この作品は主に十二音技法をもとに作曲されたものですが、ギターの叙情性を犠牲にしないよう、規則に厳密に従う訳ではなく、柔軟な姿勢で作曲されています。 明白なテーマ性と描写的性格が感じられるので、もしかするとブリンドルはそれぞれの断章をそれぞれの詩の部分に対応させるの意図があったのかもしれません。