
アレグロなどの速度標語の起源やその意味の変遷を、歴史上始めて用いられたとされる近代的な速度標語の例や18世紀の「アレグロ」についての述べられている文献を参考に17・18世紀に遡って探ります。
歴史上始めて用いられた速度標語の例
18世紀の「アレグロ」
セバスティアン・ド・ブロッサール (1655–1730) はフランスの音楽理論家、作曲家、そして手稿譜と音楽専門書の収集家でした。ブロッサールはフランス語で記された初の音楽辞典「Dictionnaire de musique」の著者として特に有名です。
ここでは1703年にパリで出版された音楽辞典の初版と、1769年にジャン=ジャック・ルソーによる補遺と共にロンドンで出版された最新版よりそれぞれ「アレグロ」についての説明を紹介しようと思います。
初版 (1703年)
"生気に満ち、しばしば速くて軽やか、しかし時に陽気で快活ではあるものの中庸な速度で"
最新版 (1769)
”アレグロは一般的にきびきびと、快活で陽気、そして愉快な雰囲気で音楽が演奏される事を意味する。急いだり慌てる事は無いが、プレストを除き如何なるテンポより速い”
”一般的な速度記号は遅い順に、グラベ、アダージョ、ラルゴ、ビバーチェ、アレグロ、そしてプレストである”
”アダージョやアレグロなど楽章名が同一の場合は3拍子の方が4拍子より速い。6/8、6/4、9/8、12/8は通常アレグロである”
初版では「アレグロ」の定義はより伝統的な「ムード」に重きを置いたもので、速度に関してはとても曖昧です。イタリア語のアレグロ(allegro)が単に「陽気な」とか「朗らか」と言うような「感情の状態」を意味する単語であることを考えるとこれも肯けます。
逆に、言葉として表されたそれらの感情の状態はまた、曖昧とはいえそれぞれ適した速度を暗示させ、音楽に反映されていきます。例えば、朗らかで楽しい感情を表現するのに遅いテンポを選ぶのは不自然なので、自ずと速めのテンポが相応しい、というような、いわゆるコンセンサスのようなものが時と共に形成されていくであろうことも想像に難くありません。
54年後に出版された最新版では「プレストを除き如何なるテンポより速い」と言う様に、速度に関してより具体的な「アレグロ」の立ち位置が示されています。
このように本来「アレグロ」は作品の性格やムードが陽気であることを指示しているものなので、その当時の音楽家達は多くの現代人のように「アレグロ」という速度標語から直接速度を推し量っていた訳ではなく、それぞれの楽曲の様式や性格、その当時の演奏習慣などに根ざして「センスの良い速度」を設定していたのだろうと想像されます。その辺りに、その時代を生きていない我々にとってのテンポ設定の難しさがあるのだろうと思います。
また、最新版での「同じ楽章名なら3拍子の方が4拍子より速い」というのは何となく経験から分かりますが、こうして実際に記述されているものを見るのはとても興味深いです。この時代は拍子記号そのものにテンポ(速度)の意味合いが含まれている事も、演奏する上で考慮すべき重要な事柄でしょう。
テンポが如何に発展してきたのかを見ると、テンポやテンポ標語を理解するためには、速度面だけに目を向けるべきではない事が分かります。音楽作品に反映させられた感情やアイデアが正しいテンポを決定する要素だからです。加えて、テンポの概念やテンポ標語の性格が曖昧で相対的、そして(時代ごとの社会的コンセンサスの範囲内とはいえ)主観的であるが故に演奏者による解釈を通して音楽に複雑で無限の創造性をもたらす事ができるのだと思います。