

このエッセイでは現代のテンポの概念や音価、4/4拍子を意味する「C」(通称コモンタイム)や2/2拍子を表わすための「C」に縦線が入った拍子記号(通称アッラ・ブレべ)という拍子記号の起源を、現代の記譜法のもとになった計量記譜法に遡り探ります。
計量記譜法は13世紀後半に起源し、現代の記譜法の形に至る1600年頃まで色々な形で発展していきました。
4/4拍子を意味するコモンタイムや2/2拍子を意味するアッラ・ブレべの拍子記号の起源(最古の使用例)は1322年頃にフランスの詩人・音楽理論家・作曲家・外交官・司教として知られるフィリップ・ド・ヴィトリ(1291年10月31日〜1361年6月9日)によって書かれたとされる音楽理論書『Ars nova /アルス・ノーヴァ(新技法)』に見られる、という説があります。一方で1985年の音楽学研究者サラ・フューラーによるヴィトリが真の著者である可能性のみならず、文献そのものの信憑性に疑問を呈する「ヴィトリのアルス・ノーヴァは幽霊音楽理論書なのか」と題する研究成果の発表は物議を醸しました。
このエッセイでは15世紀と16世紀の計量記譜法について分かりやすく説明されているルネサンス音楽末期のイギリスの作曲家・理論家トマス・モーリーによる音楽理論書 『Plaine and Easie Introduction to Practicall Musicke (1597) 』にその起源を見出しました。
現代の記譜法での音価

音価とはそれぞれの音との間の相対的な音の長さの違いを表すものです。上の図では、全音符は2つの2分音符に分けることができ、2分音符は2つの4分音符に、4分音符は2つの8分音符に、と言う具合に音価が細分化されていく際に必ず2等分されていくことを表しています。倍全音符は現在ではほとんど使われていませんが、同じ要領で2つの全音符に分けることができます。このいわゆる2分割(バイナリ)法は1600年以降から現在までの音楽に適用されています。
ルネサンスの計量記譜法での音価

1600年以前、正確には15世紀後半から16世紀までの期間は(白符頭の)計量記譜法が使われていました。この記譜法では、音価は場合によって2分割又は3分割され、どちらの分割法を用いるべきなのかは楽譜の先頭に記される「メンスレーション」記号によって指定されていました。 もうお気づきのように、このメンスレーション記号が現代のコモン・タイムやアッラ・ブレヴェ拍子記号の先祖なのです。
メンスレーション記号
計量記譜法は当時の複数のカトリック教修道会の中で発展しました。結果として楽譜には様々な宗教的象徴を見出すことができます。上の図2におけるメンスレーション記号の「○」は三位一体を意味しています。3つの要素(3分割)から「全体」を構成しているので「完全」な形を表しています。一方、メンスレーション記号「C(欠けた丸印)」では2つの要素(2分割)から「全体」を成しているので、「不完全」な形を表します。

図3は図2の一番左の2行を拡大したもので、メンスレーション記号が「○3」であるときの音価の分割方法を表しています。
黄色の部分に記された番号は「セミブレヴィス(現代の全音符に相当)」に対しての比率を意味しています。 例えば、「ブレヴィス」は「セミブレヴィス」の3倍の長さに等しく、「マクシマ」は「セミブレヴィス」の27倍の長さに等しい、と言った具合です。
青色部分の番号は隣り合わせの音価の相対的な分割比を表わしています。例えば、一番上の「2」は「セミブレヴィス」は「2分割」される事を示し、2つの「ミニマ」に分割することができる事を意味しています。
同様に「ロンガ」と「ブレヴィス」の間の「3」は「3分割」を意味し、「ロンガ」は3つの「ブレヴィス」に分割される事を表わしています。
「○」や「C」記号は数字や点と組み合わされて様々なバリエーションのメンスレーション記号(拍子記号)を構成します。


例えば図2にあるように、メンスレーション記号「○2」は、3の冪(1/3又は3倍)が適用されるロンガとブレヴェの間を除き、全ての相対的な音価の関係が2の冪(1/2又は2倍)であることを意味します。


メンスレーション記号「○」は3の冪である「ブレヴェ」と「セミブレヴィス」間を除き全ての分割された音価間での相対的な関係が2の冪であることを意味します。
Perfectum (完全)と imperfectum(不完全)
「マクシマ」と「セミブレヴィス」との間の音価の分割方法は2分割と3分割の2種類があり、それぞれ3分割は「perfectum(完全)」、2分割は「imperfectum(不完全)」と呼ばれていました。ちなみに「セミミニマ」より小さい音価は常に2分割のみです。
メンスレーション:マクシモドゥスやモドゥス、テンプス、プロラティオ
それぞれ「マクシマ」から「ロンガ」への分割は「マクシモドゥス(maximodus)」、「ロンガ」から「ブレヴィス」への分割は「モドゥス(modus)」 、「ブレヴィス」から「セミブレヴィス」への分割は「テンプス(tempus)」、そして「セミブレヴィス」から「ミニマ」への分割は「プロラティオ(prolatio)」と呼ばれていました(図2参照)。
プロラティオが3分割される時にはメイジャー(maior)、2分割の時にはマイナー(minor)と呼ばれました。
メンスレーション記号の縮小形
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Diminutum |
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メンスレーション記号にはそれぞれの記号に縦線が引かれた縮小形があります。属に「カット・サイン」と呼ばれる事もあるこの記号は音価を半分にする、と言う意味を持っています(つまり2倍速く演奏される)。
このメンスレーション記号の縮小形の発現は、西洋音楽史上始めて「テンポを変える」という音楽的発想が生まれ、それが楽譜上に表現することが可能になった貴重な瞬間を意味していると言えるでしょう。
コモン・タイム(4/4)とアッラ・ブレヴェ(2/2)記号の起源

上の図からメンスレーション記号がCの場合全ての音価間の相対的な関係は2の冪(1/2又は2倍)であることが見て取れます。

図4はメンスレーションが「C」の時にどの様に音価が分割されるかについて表わしています。
どこかで見覚えがあると思いませんか? 一番上、図1の現代記譜法での音価の分割と見比べてみて下さい。そうです、これが現代の音価の基礎になったものです。
そして、このメンスレーション記号「C」が現代4/4拍子を表わすために使われる「コモン・タイム」と呼ばれる拍子記号の起源なのです。

同様に、「C」の縮小形、又は2倍速バージョンとも言える縦線付きの記号が現代の2/2拍子を意味する、アッラ・ブレベ、カット・タイム、又はカット・コモン・タイムとも呼ばれる拍子記号の起源なのです。