
現在では一般的にアレグロとは「速く快活なテンポ」であるとされていますが、一方で「速いテンポとは実際にどのくらい速いのだろうか?」と疑問を投げかける方も多くいらっしゃると思います。「アレグロ」とは「陽気に」とか「喜びに満ちた」を意味するイタリア語で、もともと速さやスピードについての意味を含んでいません。これがこの疑問に答えることを難しくしている原因の一つです。
このエッセイでは上記の疑問に対する答えを探るべく、アレグロやテンポの起源に遡ることでそれらについての理解を深めます。アレグロやテンポ(の原型)が歴史上始めて適用された例を、ガナッシによる「フォンテガラという名の作品(Opera Intitulata Fontegar) 」やミランによる「ビウエラ音楽の本『エル・マエストロ』(Libro de música de vihuela de mano. Intitulado "El maestro")」, ツァルリーノによる「アルモニア教程(Le Istitutioni Harmoniche)」等、16世期の古い文献からご紹介します。
テンポやアレグロが如何に生まれたのかを知ると、テンポ/速度標語から演奏する速さ(スピード)のみを探ろうとすることは最適なアプローチでないことがわかります。
アレグロ(単語)の最古の使用例
「アレグロ」という単語が楽譜に記された最も古い既知の例を、リコーダー奏法とその装飾法についての専門書「フォンテガラという名の作品(Opera Intitulata Fontegara)」という文献に見ることができます。これはベネツィアの演奏家、理論家、そして楽器製作家として有名なシルベストロ・ガナッシ・ダル・フォンテゴ(Silvestro Ganassi dal Fontego)により1535年にベネツィアにて出版されました。この本では、ある種のトリルを陽気な演奏法を「アレグロ」として紹介しています。
「アレグロ」や「アンダンテ」等のいわゆる速度標語は基本的に1600年以前には知られていませんでした。
歴史上最も古いテンポ指定の記述
楽曲に対する歴史上最も古い「テンポ指定」の例を、スペインの作曲家でビウエラ奏者ルイス・デ・ミランが1536年に出版した「ビウエラ音楽の本『エル・マエストロ』(Libro de música de vihuela de mano. Intitulado El maestro)」という文献にそれを見ることができます。ルイス・デ・ミランは歴史上始めてビウエラ曲集を出版した人物としても有名です(ポルトガル王ジョアン3世に献呈)。ミランはファンタシーアの幾つかにおいて「速すぎず、遅すぎず、しかしながら中庸な速度で」とか「和音はゆっくりスケールは速く」、「ルバート」等の速度指定を記しています。
アレグロについての最古の説明:ツァルリーノのアルモニア教程
「アレグロ」についてどのように表現すべきかについての既知の最古の説明をイタリア・ルネサンス期の有名な理論家兼作曲家、ジョゼッフォ・ツァルリーノが1558年にヴェネツィアにて出版した「アルモニア教程(Le Istitutioni Harmoniche)」という音楽理論書に見ることができます。
ツァルリーノはこの理論書の中で、『歌詞がリズムと和声に従うのではなく、和声とリズムが歌詞に従わなければならない』と述べています。そして、彼はこの本の広範囲に渡り「allegro(アレグロ_」・「allegre(アレグレ)」・「allegramente(アレグラメンテ)」といった単語を「喜びに満ちた」と言う意味合いで使っています。そして面白い事に、この「喜びに満ちた」さまを表現する為のリズムと速度についても説明しています。
歌唱法:
"歌詞が喜びに満ちた要素を持っているときはそのように陽気に歌うなど、曲が持つ歌詞の性格に応じて歌いなさい…"
作曲法:
"もし歌詞が喜びに満ちていたり、悲しげであったり、厳粛であったり、又は(その反対に)厳粛ではない、慎ましい、又は挑発的な内容を扱うならば、和声とリズムの選択は歌詞が持つその内容の性格に応じて行わなければならない"
リズムと速度:
"もし歌詞が喜びに満ちた内容を含んでいるのなら、力強く速い動きで対応しなければならない。 すなわち、速い動きを伝える音価であるミニムやセミミニムなどである。しかしながら、もし内容が涙を誘う様な場合は遅く長い動きで対応すべきである"
当時音楽はまだ言葉(歌詞)に従属するものでした(つまりまず伝えるべき言葉があり、それを最大限に支える為の道具として音楽が利用されました)。上述したテンポやアレグロなどの速度標語の原型は当時の作曲家による、言葉(歌詞)の持つ感情的特徴や表現を如何に音楽に反映させるか、という努力の結果なのです。 彼らはハーモニーやリズム、音価、(緩急の)楽章という音楽的要素を用いてそれを達成しました。その後の音楽はこの従属関係から解放されることになります(音楽はその基になる言葉を必要としなくなる)が、テンポの担う役割は少ない例外を除いてその後も変わることはありませんでした。