
今回のギター工房インタビューはアメリカ合衆国、ワシントン、D.C.のルイス・フェルナンデス・デ・コルドバさんです。
Q1. あなたの工房とその歴史についてお聞かせください。
私はトレス、サントス、エステソ、ハウザー、フレタ、そしてブーシェなどの偉大なヨーロッパの製作家達の伝統を引き継ぎ、クラシックとフラメンコ・ギターの製作を専門としています。しかし、ギター製作は時にとても個人的なもので、製作する時にはかなり勘に頼る事もあり、それぞれの製作家の味つけを加えることになります。
私は10代後半に製作を始めました。手工業職人という、普通とは違った人生に興味があり、この道で食べて行く為に必要な方法を探しました。私は道具一式を製作し始めました。その内のいくつかは未だに持っています。その間ずっと私の頭の中にはある究極の目標がありました。ギター製作家になる事です。時は過ぎ去り、私は公認のギター製作コースを修了した後、見習い修行、クラシック、スチール弦ギターやベースの製作や修理の仕事をしました。アメリカ合衆国、スペイン、メキシコ、アルゼンチン、そして私の祖国であるパナマの数十にも及ぶあらゆる種類のギター工房で時を過ごしました。今でもギターやその製作に関係する書籍を手に入り次第読み続けています。私はアメリカ楽器製作協会のメンバーです。
これらの全ての事柄は、職人が心や知能、創造力を駆使しながら試行錯誤を繰り返し、常に出来る限り最高のものを、そしてその良い仕事により自分が誇りに思える様なものをつくりあげようと、単にひたすら働く事によって自分で全てのことを学ぶのである、という事実を置き換える事は出来ません。
これが芯の職人であること、そして私がこの職業の中で最も愛するエッセンスです。私の知識や直感を生かし、芸術的な美と工学的な技術を融合する様に心がけています。
Q2. あなたにとって良い音のするギターとはどのようなものですか?またそれを獲得する為にどんな工夫をしているのですか?
生(アコースティック)・ギターはロマンティックな音をもつこぢんまりとした楽器です。明瞭な音が出る様に作られた良いギターは、コンサートホールでさえ音で満たす事が出来ます。
私のスタイルは母音的な音や全ての領域でバランスのとれた、軽量で振動し易い楽器を作る事です。私は深い低音と光沢のある高音が好きで、ノイズまじりの音でなく、純粋な音を探しています。フラメンコ・ギターの為には乾いた音と鋭いアタックが好きです。
素晴らしい音のするギターを作るには、伝統的な製作技術を基にしています。私は過去と現代の偉大な製作家からインスピレーションを受けています。
材料の性質における知識が最も重要です。全ての部品の適切な取り付け、もっぱら膠(にかわ)を使った張力の無い組み立て、表面板を薄くし補強する行程で時間をかけて音を聞き、感触を確かめる事などです。
Q3. 弾き易いギターを製作する事について考えをお聞かせください。そして、その為にどんな工夫をされていますか?
弾き易さと良い音程のギターを作る為にはフレットとその調整が重要です。私は指板に人間工学的な丸みを持たせて、大セーハや全ての面で快適な様にしています。ネックの形も握った感触が良くなるように努力しています。
私の標準的な(弦高の)設定は6弦で通常より少し低く、12フレット上で4mmのところを3.5mmにしてあります。これは、フレットの設定が適切で、演奏者の腕が良く、ギターも力を込めて爪弾かなくても音が鳴り響く様な十分なレスポンスがあるとすれば、クリーンな音を得る為に十分な高さだと思うからです。もちろん弦高は演奏者の好みに応じて完全にカスタマイズできます。
Q4. 伝統的なフレンチ・ポリッシュ(セラック・ニス)や新しい方法(ラッカー、触媒)などの仕上げの方法について、あなたの考えをお聞かせください。
楽器をコーティングする事は常にギター製作の中で最も重要な部分の一つと考えられてきました。木に深みと美を加えるだけでなく、湿気から楽器を保護します。そして、それは耳障りな周波数の音を弱める事によって楽器の音に影響を与えます。
ほとんどのギター製作家はその仕上げが薄ければ薄いほど良い音がするという意見に同意するでしょう。過剰な仕上げは音を極端にミュートし音の深みを失ってしまいます。
伝統的なギターの仕上げ方法はアルコールの溶媒がほとんど乾いた状態のタンポでギターの表面を擦ってシェラックを塗っていきます。圧をかける事は抵抗を発生させる事でもあります。そのようにして表面を磨くと同時に必要最低限のニスを施すのです。
この技術は環境に優しく、作業する人に対しても現代的な仕上げニスより毒性が少ないという付加的な利点があります。シェラックは昆虫の排泄物を古代からの自然な方法で採取、精製されたものです。溶媒はエタノール、フィルターは軽石、そして減摩剤はオイルです。
結果として厚み無しに、非常に深みのある美しい仕上げを得る事ができます。フレンチ・ポリッシュで仕上げられた楽器は手入れが必要だと言う事は事実ですが、どんな仕上げであろうとハンドメイド・ギターはやはり手入れを必要とします。 フレンチ・ポリッシュは常に修復できます。そして年数と共に素晴らしいヴィンテージなつやをもたらします。
ラッカーや触媒の仕上げはシェラックのフレンチ・ポリッシュより固く、同様に薄く施すことができます。多くの工場生産のギターは厚い工業用コーティングがなされています。これらのニスを薄く塗る事は大変な注意が必要で、工場生産の特性上このような非効率な事は容認されません。ハイエンドのクラシック・ギターにラッカーや触媒の仕上げを薄く施すことができる職人は非常に少なく、その代わりに彼らはシェラックのフレンチ・ポリッシュを選択するのです。
時たま、プロ用のフラメンコ・ギターは触媒ニスの仕上げがされていますが、これは耐久性を得る為です。もしそのギターが手工業の工房製であるならば、通常仕上げは別の施設で施されます。ほとんどの工房はフレンチ・ポリッシュ以外の仕上げをしません。ラッカーや触媒ニスは特別な設備やより大きな場所を必要とするからです。
私は本当に最上級の音がする伝統的なギターはフレンチ・ポリッシュ仕上げがされていると信じています。
Q5. 640, 628 や 615mm などのショート・スケール・ギターに於いて、弾き易さ、設計、音質や音量の観点から、あなたの考えを聞かせて下さい。また、手の小さい人や女性ギタリストの増加によってそれらショート・スケールの需要は伸びていますか?
アントニオ・デ・トレスは様々なスケールのギターを作りました。プランティージャの大きさは他の設計と調和がとれる様に調節されました。私はスケールの長さが音色、弦の感触、フレットを押さえる手の感触等に影響を与える、という事に同感です。
私は演奏者に、どのような理由であれ、それぞれ必要に応じたスケールを選択してもらい、全てがうまく機能する様に設計や組み立てに必要な調整を施しています。より短いスケールは標準サイズだとたまにストレッチが辛いと思う人や、ただ単に何か違うものを試してみたいと思う人にとっての良い解決策です。
クラシックギターの標準サイズである650mm、または25.6インチは、フランスの「pied de roi」X2、又は12.8インチX2という事から端を発しています。「pied de roi」は4/4モダン・ヴァイオリンのスケールです。
GALコンヴェンションで出会ったあるギター製作家、ジョン・パークは異なるスケールの間に弦のテンションの差はあまりないと本に記しています。
彼はこのように述べています。
640mmと660mmのスケール間に於ける実際の弦のテンションの違いは約3%で、1弦の典型的なテンションが約15ポンドで2弦や3弦が約12ポンド(つまり20%減!)である事を考えると、ほとんど問題にならない。フラメンコ・ギターでは、もしカポを使うのであれば、ロング・スケール(例:660mm)が魅力的である。
私は短いスケールが使われる事によって音質や音量が失われるとは思いません。今までショート・スケール・ギターの注文を受けた事が無いので、どれだけ需要があるのかは分かりません。
Q6. 多くの読者がギターを色々と試奏していく内にますますどのギターが良いのか分からなくなってしまう様です。製作家の立場から、楽器店や工房でどのようにギターの音質や弾き易さをチェックしたら良いのか、アドバイスを頂けますか?
私は購入前に数本のギターを試される事をお勧めします。試奏は快適で音響の良い部屋でするべきです。美的感覚や出来映えはとても重要です。ギターの匂いすら重要です。私なら、ギターのバランス、音の豊かさ、ダイナミック・レンジ、敏感さ、反応の良さを評価します。明瞭で豊かな音は通常十分な遠達性があります。部屋の響きを、音の純粋さに耳を澄まして下さい。ギターは抱え易くなくてはいけません。それは官能的な体験です。
Q7. 顧客に対してアフター・サービスはありますか? 特に、高額なギターの購入について心配している人たちも多いと思われるのですが。
私のギターの購入者は常に自由に私の工房を訪れるか、郵送する事によりギターに必要な対処を受けることができます。これについては無料ではありません。例外はギターの問題が製造による欠陥によるものである事が明らかな場合です。
Q8. ブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)などの木材がますます入手困難になってきていますが、それはあなたのギター製作や完成したギターの品質にどのような影響があると思いますか?
私は持続不可能な木は使いません。入手可能で美しく、素晴らしい音のするギターを作る為の木は山ほどあります。極まれに、大昔に伐採された、又は再利用されたものに巡り会う事があり、その時はそれらの木を使用するでしょう。
とは言うものの、本当のブラジリアン・ローズウッド、ハカランダ・デ・リオは恐らく、楽器の為に使われる木の中で最も美しいものの一つでしょう。正しく保護されなかった事はとても残念な事です。
Q9. 21世紀に於いてギター製作というこの美しい伝統はどうあるとお考えですか?
この素晴らしい楽器の価値を理解する人たちがいる限り、これからも我々のような職人立達は美しく、とても良い音のするギターを作る事と共に、過去の素晴らしい楽器の修理に奮闘するでしょう。