
今回のギター工房インタビューはオーストラリアのランツ・リッチフィールド(リッチフィールド・ギターズ)さんです。
Q1. あなたの工房とその歴史についてお聞かせください。
私は幼少の頃から音楽と楽器に恋におちました。父が自身の趣味であるクラシックギターを私に手ほどきしてくれました。クラシックギターには何か私に語りかけたり想像を掻き立ててくれる特別な力がありました。スチール弦のギターや弓の楽器など同属の楽器も素晴らしいのですが、やはり私にはクラシックギターでした。
私は20歳位になるまで楽器を製作した事がありませんでした。ほぼ大学を修了する頃です(勉強から逃れるために何でもしていました!)。私が始めて製作した楽器はクイーンズ州立図書館から借りた本を頼りにスペインの伝統的な方法を用いて組み立てたものでした。それは特別な工具類を作る事を伴うものでした。ガスで熱せられるスティーム・ベンダーで手を火傷したり、唯一持ち合わせていた家庭用の糸鋸で厚い木材を切ってブックマッチングをしたりしたのを思い出します。 その点現在は少し楽です。幸運にも私のギターは製作を始めた時点から評価され、それから製作を中断した事はありません。
私は今年44歳ですが、ナイロン弦ギターの専門家として今までクラシックギターとフラメンコ・ギターのみを製作してきました。私は年間8~10本のギターを製作しますので、それぞれの楽器につぎ込める時間はかなりあります。これが音だけでなく、組み立てに於ける一貫性、信頼性、そして品質を保てる要因なのだと思います。ごく最近になって、受注と、この分野での提携関係を結ぶこととなったラウダラ・ギターズのピーター・モニーのアシストを受けながら、10弦ギターやアルト11弦(やはりナイロン弦)の製作に飛びつきました。これらの楽器を製作する事はとても楽しく、ギターのためにどんな音を育てて行けば良いのかと言う点について新たな方向性を私に見いだしてくれました。やりたい事が分かったのですぐさまそれについて最大限に調査研究をしました。その当時、オーストラリアには体系的なギター製作講座などありませんでした。もしそのようなものがあれば参加していたかも知れませんが、そこにあったのは何人かのプロとアマチュアギター製作家達、文献、教師や演奏家達と私の強い意欲でした。私はそれら全てを最大限に活用しました。とはいえ、私には独自の考えやゴールがあまりにもたくさんありすぎて、常にそれらを別のやり方でやりたいと思っていた事を認めざるを得ません。
私は材料や設計において独自の発見をした時の感触をとても楽しんでいました。私のプロセスは、私や私の回りの人たちの直感や技術にそって創造し、観察し、そして何年にも渡って煮詰めた事を基に組み立てるというものです。私はオーストラリアをコンセプトとしつつも、当地の他のギターとは違うギターを発展してきたと感じています。私のギターには色々な技術が取り入れられています。いくつかは伝統的な工法から直接、そして他のいくつかは現代的な道具、機械、そして材料を使って純粋に私が発展させてきた物です。
私はブリスベンの最西端の、美しくて起伏の多い丘にある自宅に、小規模ながら本格的な工房を構えて仕事をしています。
Q2. あなたにとって良い音のするギターとはどのようなものですか?またそれを獲得する為にどんな工夫をしているのですか?
私は、独自に「伝統的ギター」と「現代的ギター」の区別をし、そのように呼んでいます。それ以前にもギターはありましたが、私にとって伝統的ギターとはトレスから派生したものです。
ここ10年間までのトレスのバリエーションは親しみのある音に包括されます。現代的ギターとは、伝統的なギターの設計のいくつかの不足点を改良する試みです。私は、両方のアプローチを信じており、またそれぞれのアプローチが相互に利益をもたらすと信じています。私は異なる時代、そして製作家による楽器の様々な異なるスタイルを擁護します。しかし、音に対する強い好み、又は限界がある事も否定できません。多くの私のギターに対する愛情は伝統的な音にさかのぼり、現在に至るまで古い録音がインスピレーションのもとになっています。
では伝統的な音とはなんでしょうか? 私の耳には、それは分離された音、明瞭ではっきり発音され、しかし繊細なニュアンスを伴った暖かいものです。現代的なギターの音に比べると伝統的な音は細いかも知れません。そして現代的なピアニスティックな音に対して木質的な音の感じがあります。重要な事は、ギターの音は電子音信号のように平らでつまらない音と違い、そのサステインを通して、震えたり、ずれたりしながらテクスチャや色を形成し、変化する事です。私はこの特性こそが、加えて、例えば(鍵盤楽器の様に)ペダルや鍵盤を介してではなく、弦や指板などギターの振動部分に物理的に触れる事によって、正に直接的に音色を変化させる事が出来る点が、クラシック・ギターを特別な物にしている所以だと思います。
現代的ギターは伝統的ギターに比べて、しばしば増強された音量、サステイン、そして音の均一性を、そして、時に音質的また聴感的に密度の高い音をもたらします。距離が離れるにつれ基音や低い領域の倍音が消失してしまう傾向を減らすことが出来、パーカッション的な要素を減らし、聴衆により豊かな音を伝える事が出来ます。問題は、この試みによって伝統的ギターの好ましい特徴を減少させてしまうリスクをはらんでいる事です。
私の目標は、古い物と新しいものの良好なバランスを提供する事です。それは、伝統的な音に、良好な反応、ボリューム、バランスなどの要素を加え、ドライで平坦である代わりに、甘く抑揚があり、中身の詰まった美しい音をもつ、伝統的ギターに対するオマージュのような現代的ギターの音…。 そして演奏者の音色における裁量に答えられるものです。
しばしば演奏家達はスプルース又はシダー派に二分されています。私はその違いを認識していますが、同時にそれらの共通項も見いだしています。私にそれらの木材に対する好みがあるかですって?私は、いずれかの木で出来たギターのそれぞれの持つ真価を発揮しつつ、お互いの長所をある程度共有するべきだと考えています。私はシダーの豊かで、純然たる暖かみと深みのある音、そして反応性の良さを楽しんでいますが、あまりにも単一な、いわゆる乾き過ぎた音になってしまう危険性に対処する為に音の調整が必要です。
スプルースは終止密度も倍音成分の量も多くないですが、スプルースの持つ要素を直線的に放出するところに魅力を感じます。これが、スプルースは整合されて明るい音がするにもかかわらず、歌心がある所以です。それはストーリー性があり、サスペンスと共に姿を現すのです。
では、どの様にこれらの事を実行に移したら良いのでしょう? これが楽器製作の中で最も難しいことです。初期の伝統的ギターは、丁度石工がコンクリートの骨組を使う代わりに、石でアーチを建設する様に自然の材料を使った調和した方法で色合いを出す傾向があります。
現代的ギターの方法は新しいインスピラーションや改良をもたらすことが出来、新しい限界に挑む事によって新たな扉を開くのです。私は自分の音を長い年月をかけて作り上げ、改良してきましたが、それを導き、形にする為には慎重に両方の流派の方法を取り入れてきました。スペイン的なネックとボディにカーボン複合体を組み合わせてあるように、私のギターは材料とデザインに於いて現代と伝統を融合させたものです。私は伝統と自然界にある材料に対する感受性と、構造的完全性と新しい発展への敬意を常に持ちつつ製作する様に努力しています。
Q3. 弾き易いギターを製作する事について考えをお聞かせください。そして、その為にどんな工夫をされていますか?
クラシック・ギターは弦高がかなり高いので、弾き易さは大変重要ですが、とても複雑でもあります。始めに、弾き易さはただ単にボディの構造や、反応性、ギターの年齢に関係があるだけでなく、チューニングなど様々な問題と相互依存した物である事を指摘されるべきでしょう。
表面板が厚くて堅い伝統的なスタイルのギターはしばしば弦の張りが強い印象を与えますが、時折その弦高を低く設定する事もできます。ギターの年齢と共に表面板の柔軟性が向上する事によって反応も良くなり、張りの強さが緩んでくる事があります。同様に、柔軟で反応性の良い表面板を持つ現代的ギターは、新品の時には演奏するとき断然柔らかく感じられますが、多少高い弦高が必要になります。
ここで言う弾き易さとは、ギターを演奏家に合わせるというより、むしろ演奏家がギターに適応する時間のことなのです。他の機械的な点では単にナット、サドル高、フレットの形や高さといった全てのパラメータに於ける最上の調整が求められます。
音量を稼ぐ為にほんの少しの力しか必要としない、とても反応性の良いギターは、また音を発生させる上で必要とされる努力が押さえられている分演奏しやすい印象を与えるかも知れません。これは音量だけでなく、音色や演奏技術も向上させることになります。その他、弦長、ネックの寸法、それぞれの弦の間隔などのカスタム設定等、それぞれの演奏家別の弾き易さを高める方法はいろいろあります。
Q4. 伝統的なフレンチ・ポリッシュ(セラック・ニス)や新しい方法(ラッカー、触媒)などの仕上げの方法について、あなたの考えをお聞かせください。
ほぼ私の見解では、どの原料を使うかより、どの様に使用するか、ということです。しかし、ある仕上げ原料は小規模、また他方の原料は大規模な生産に適している、というように、使用される環境によって仕上げ方法が自ずと絞られてくる、という事はあると思います。いくつかの塗装は上質の仕上げに向いていません。少なくとも、それらを使うという選択は音質面ではなく、生産面に基づいた選択です。ギター工房の立場としては、まず始めに全体の品質を、その次に楽器の保護について考慮しなければいけません。それ以外では、我々の健康面、そして使い勝手が現実の問題として挙げられます。
個人的には、何十年も成功裏に使われてきた古いスタイルのニトロセルロースを使う事を好みます。他の選択しとして検討するであろうものは、シェラックです。これは更に古い方法で、年代物の楽器に適切です。私は、ニトロをシェラックの更に硬質なバージョンと捉えています。いくつかの要素を共有しますが、更に長持ちします。私は、特に顧客の特別な注文の場合、他の仕上げを使う事に対してやぶさかではありません。
現在は色々なニトロの製法があり、それぞれ違った特性を持っています。私は、若干現代的ですが、柔軟性と安定性のある、半触媒のものを選択します。
Q5. 640, 628 や 615mm などのショート・スケール・ギターに於いて、弾き易さ、設計、音質や音量の観点から、あなたの考えを聞かせて下さい。また、手の小さい人や女性ギタリストの増加によってそれらショート・スケールの需要は伸びていますか?
私は今までかなりの数のショート・スケール・ギターを製作してきました。技術的に言って、私の一番短いギターはアルト11の560mmですが、そのギターはマルチ・スケール楽器です。スタンダードの6弦ギターは一般的に650mmスケールですが、私は640、628、そして610も作った事があります。 640という長さは音にあまり違いが感じられない様に思えますが、それ以下では多少音の違いが聞こえ始めると思います。
昨今の現代的なとても軽量で柔軟性のある表面板を伴うギターの場合、音量の差は皆無か、取るに足らない程度のものです。 それらには音色の違いがありますが、それは音質の差ではなく、ただ単に違う音色だと私は信じて疑いません。私は標準スケールにロー・テンションの弦を張った実験をいくつかします。これにより同じ音程のより短いスケールの低いテンションについて理解することができます。
ネックの位置(12フレットをボディに合わせて配置する)を変更しない場合、610やそれ以下のスケールはブリッジからボディの位置との比率が変わってきます。これは私の好みではなく、顧客からの強い希望が無い限り、ボディの形やネックの位置の調整をお勧めます。
より短いスケールのギターは更に一般的に受け入れられてきている様に強く感じます。全ての形やサイズが出回ってますが、私はカスタム・ギターとは可能な限り個人の要望に添って作られるべきだと強く感じています。普通の大きさの手を持つ演奏家達が短いスケールのギターを選択する事も良い事だと思います。ネックの形状や寸法、フレットの高さや幅、弦高等他にもたくさん手を入れる場所があります。私のギターの場合、全て顧客の為に仕立てられたものなので、これらほとんどの調整費用は別途かかりません。
Q6. 多くの読者がギターを色々と試奏していく内にますますどのギターが良いのか分からなくなってしまう様です。製作家の立場から、楽器店や工房でどのようにギターの音質や弾き易さをチェックしたら良いのか、アドバイスを頂けますか?
おもしろい事に、そう思うのは演奏家だけではないのです!私が参加してきたフェスティバルや会合の多くは過剰なまでのギターを目にします。演奏者にとって最良の方法は、1日に試すギターの数を制限する事です。そして、試奏は自分のギター等比較になるものと共に同じ場所でなされるべきです。そして、実際に演奏するであろう場所に相当する環境で試奏したり、静かな部屋か広い場所/コンサート・ホールなどを見つけて、音を聴いてみたりする事も良いアイデアです。自分でギターを弾いてみるのと同時に、誰かにそのギターを弾いてもらい、自分は引き下がって実際に遠くではどの様にギターが響いているのかを聴いてみるのが理想的です。実際に試奏するにあたって準備できる事柄は限られていますが、弦の種類やテンション、演奏者や聴衆が感じるサウンド・ポート(ギターの側面に開ける小さな穴)による見かけ上の歪み、又は人間工学的な違いなどの認識は全て役に立たないかも知れません。
Q7. 顧客に対してアフター・サービスはありますか? 特に、高額なギターの購入について心配している人たちも多いと思われるのですが。
私はサービスと商品の品質を誇りにしています。これは、ギターを製作する前からその最中、そしてその後に当てはまります。私は顧客にどんな質問であっても私に連絡してもらう様に勧めています。そして私はとても連絡が取りやすく捕まりやすい人間だと思っています。私のギター製作方法や、製作に費やす時間のお陰で、幸運にもほとんどギターが返品された事はありません。例えば、私の25年間のギター製作人生で、表面板の力木が緩んでしまった事は一度もありません。しかしながら、自然界の材料を固定した形で扱う以上、常に困難が伴います。もし何か問題が出てしまった場合は、私は最大限の努力をして顧客を保護します。
Q8. ブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)などの木材がますます入手困難になってきていますが、それはあなたのギター製作や完成したギターの品質にどのような影響があると思いますか?
まさに私が製作している期間だけでも多種の木材の量や質が低下しているのを目の当たりにして来ました。イースト・インディアン・ローズウッドなどいくつかの木はかなり良い状態を保っており、多くの製作家に取って必需品になっています。今日、珍重されるほとんどの木材は選択や在庫の対象外で、悲しい事ですが、私は一般的でない木や等級の材料を使って素晴らしいギターを作ることができると感じています。時折、製作家はある特定の目的の為にその密度、又は木目で木材を選択する事があります。これらは伝統的な等級の考えに当てはめる必要がありません。
顧客が入手不可能か、劣悪な裁断がされてたり、又は法外な値段がついている特定の希少木材を求める伝統的なギターにとって、事態は深刻になっています。これらの問題については顧客と個人的に話し合う必要があります。幸運にも、現代的ギターを求める顧客には、ボディーの材質は音質に最低限の影響を与える事を知らせています。そして私の考えでは、この種のギターでは、設計や組み立てが使用される木材より圧倒的に強い影響を音質に与えます。
Q9. 21世紀に於いてギター製作というこの美しい伝統はどうあるとお考えですか?
誰かが現在は工房の黄金期だと私に言いました。私もそうかもしれないと思います。インターネットのお陰で専門的な知識やコミュニケーション、外来種の材料などにアクセスする事が大変簡単になりました。機械やテクノロジーが物事を簡単にそして迅速にし、生産に対する新しいアイデアや可能性の扉を開きます。製作に対する興味が驚く程異なり、常に変化している音楽に対する関心に反映される事を願っています。昨今では、信じられないような演奏家達もたくさんおり、演奏家や製作家のコンクールはかなり満杯の状態です。ギター工房によって作られたギターの将来、そして全ての分野に於いて無数の選択肢がある事を信じたいと思います。